Top Message 2025
理事長メッセージ
医療DXとともに、切り拓く未来
社会医療法人宏潤会 理事長
Yusuke Uno宇野 雄祐
AIで変わらない、医療の本質
近年、世界各地の医療機関では、すでに電子カルテ(EMR)や個人健康記録(PHR)の導入が進み、今ではデータの標準化や相互運用性の確保が重要課題となっています。実際に、診察室では医師と患者の対話を音声認識で自動的にテキスト化し、AIが要約・分析して診療録に入力するシステムが実用化されつつあります。これにより、医師や医療スタッフの事務作業負担が大幅に軽減され、より多くの時間を患者との対話やケアに充てることが可能になります。
一方、日本国内の多くの医療機関では、従来の紙カルテを模したインターフェースのデジタル化にとどまり、データ活用や業務フローの改革にはまだ十分に至っていません。これまでのオーダリングシステム導入や電子カルテへの移行は、言わば「電子化」という第一段階に過ぎず、今後の医療に真の価値をもたらすためには、得られたデータを医療現場や経営判断に活用し、組織横断的に運用する仕組みを構築する必要があります。
現在、医療DXの核となるAI技術は、大規模言語モデル(LLM)やマルチモーダルモデル(LMM)を基盤とし、以下の三つを柱として開発・導入が進められています。
- 言語モデルによる診療支援の高度
- マルチモーダル解析による画像診断・バイタルデータ解析の自動化
- 応用アプリケーション開発を通じた現場導入の促進
これらの技術は、すでに日常的な診療支援から業務の効率化、さらに医療安全の向上にまで応用が広がっており、次なる段階として、AIが自ら学習し改善する「自己進化フェーズ」への移行が期待されています。将来的には、汎用人工知能(AGI)が医療や社会インフラ全体に深く関与する可能性すら指摘されています。
しかし、AIが進化し続ける時代においても、医療従事者が果たす本質的な役割は揺らぐことがありません。ひとつは、緊急時における創造的な適応力です。予測不能な症例や急変時には、状況を即座に把握し、限られた時間と資源の中で最適解を導き出す判断力が求められます。これは、訓練と経験を重ねた人間にしかできない領域です。次に、患者や家族の言葉に現れない不安や葛藤を汲み取る共感力が挙げられます。確かに近年では、AIチャットボットが一定の「共感的応答」を提示できるという研究成果もありますが、それはあくまで過去の学習データに基づいたものであり、目の前の患者個人の価値観や文化的背景に深く共感する力には限界があります。最後に、倫理的な最終判断力です。治療の選択肢や限界を説明し、患者の意思を尊重しながら、ときに困難な決断を下す責任は、人間にしか果たせない重要な役割です。こうした判断には、マニュアル化できない価値の重みが伴います。
このように、医療における「人間だからこそ担える役割」は今後も変わることなく、むしろAIやデジタル技術の発展と並行してその価値はいっそう際立つはずです。私たちは、このような認識のもと、2040年以降の現役人口減少社会を前に、以下の重点戦略を推進してまいります。
- 高度急性期医療への取り組み:24時間体制で救急・重症医療を支え、地域の最前線に立ち続けます。
- 地域包括ケアの推進:医療機関と介護施設が一体となり、地域全体を支える持続可能なネットワークを構築します。
- 業務フロー改革とデジタル技術の融合:AI・ロボティクスを活用し、業務の効率化と安全性向上を図ります。
- データ運用基盤の整備:リアルタイムな情報活用を可能にする環境を整え、迅速で的確な意思決定を実現します。
そして何よりも忘れてはならないのは「災害」です。宏潤会が今も存続しているのは、過去の震災や困難を乗り越えて再建を果たしてきた先人たちの尽力があってこそです。AIやロボティクスが一時的に停止するような有事において、人と地域を支える最後の砦となるのは私たち自身です。だからこそ、防災・減災の取り組みを継続的に強化し、医療と地域の持続可能性を未来へとつなげていく責務があります。
私たちは、医療DXの進化と医療従事者の質向上の2軸で、これからの医療を支え、未来を切り拓いてまいります。